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実家がど田舎の牧場だということ 

私、ミルク工房店長は、実家が高秀牧場なわけですが、、

大人になった今、そのありがたみがわかったような気がします。

うちは周りの理解がある牧場だったため、実家が牧場だから、という理由でいじめられたり陰口を言われたりすることはありませんでした。(悲しいことに、これが原因のいじめも存在するんですよ。。)

だから、実家が牧場だからといって引け目や負い目を感じたことは全くありません。でも、やっぱり育った環境は特殊なんだと思います。

私は3人兄弟の1番上で、弟が2人います。弟たちは、1こ下と5こ下です。出産当日まで大きなお腹で搾乳してた、とか、乳飲み子背負って搾乳した、とか。よく餌の入った台車に乗せられて牛舎にいました。おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住んでないので、一緒に牛舎に連れて行くしかなかったんだろうと思います。

お手伝いもよくしました。竹箒の使い方は4歳でマスターです 笑

私が小学2年、弟が1年、一番下が2歳と時の家族会議にて、「今日から子牛の世話はお前たちがやれ」と父から業務命令が下り、毎日学校から帰るとまず牛舎、子牛にミルクをやり、草をやり、寝床の藁を入れ、体調の悪い牛には薬を飲ませ、それでも治らない時には両親に言って獣医さんを呼んでもらう。

これが終わってから宿題を済ませないとテレビもゲームも禁止でした。

学校がない時はもちろん朝も牛舎に行きます。母が旅行などでいない時は学校の日も朝牛舎に行って、1度シャワーを浴びてから学校へ行っていました。

お手伝いはめんどくさい時もありましたが、牛舎内は私たちにとって遊び場だったので、しっかり仕事したら牛舎内を兄弟3人+犬で駆け回ってました(本当はダメ!牛は臆病だから、搾乳してる最中に牛舎で鬼ごっこなんかしようもんなら作業してる人が怪我します!!!)

当時の牛は子供が毎日駆け回るもんだから肝が座ってた、とは父の談。

毎日の哺乳は、私が高校を卒業するまで続いてましたよ。中学は部活のあと、塾行く前に牛舎でした。

夜ご飯は家族揃って食べていましたが、牧場は朝5時には仕事が始まるので当然起きたらもう両親は牛舎へ行っているわけで、、、学校へ行く日の朝ごはんは自分たちで用意してました。

小学校1年生、初めての登校日の日、朝起きたら手書きの紙が1枚、、、

「顔を洗いましょう」「朝ごはんはなにかな?」「忘れ物はないですか?」「歯磨きはしっかりしたかな?」って、朝やるべき準備が全部書いてあった 笑

自分の準備を済ませ、弟たちの保育園の準備をして、牛舎に行ってきますを言いに行くのが毎朝の日課でした。我ながらよくできた子供だったと思います。忘れ物は多かったけど。(ランドセル忘れて行ったこと、何回あったかなあ)

小学校の何かの授業で「朝ごはんはなにを食べたか」というのがあった時、みんながご飯、焼き鮭、お味噌汁、とか、パン、ソーセージ、目玉焼き、みたいな感じで朝ごはんがちゃんとした食事だったことにびっくりしました。私、、、卵かけご飯、納豆ご飯、チーズトースト、コーンフレーク、、みたいな1品ものばっかり、、!朝ごはんって誰かに作ってもらうものなんだ、、と気づいたのが小学校5年生くらいでした。

小学校までは歩くのには遠すぎて、6年間バス通学でしたが、バス停までも3kmくらいあって、小学生の足では1時間くらいかかっちゃってました。中学高校は自転車で30分、坂道なので帰りは40分、きつかったなあ。。帰り道、知ってる人が通りかかると乗せて行ってくれるので、誰か通らないかなぁと後ろを振り返りながらの帰り道でした。軽トラの荷台とかに乗せてもらった理、畑で作業しているおばあちゃんにおやつもらったり、大声で歌いながら帰ってたら散歩中のおじちゃんに笑われたりと、ただの帰り道にも思い出がいっぱいです。

ちなみに、食べてる時に「うんち」とか汚い言葉言っちゃダメって知ったのは小学6年くらいです(汗

だって、家族と食事中にする会話でもあの子牛が下痢してるから薬飲ました、とか、普通だったんだもの。。そもそも酪農家同士の会話なんて、乳房だの種付けだの発情だの、全然知らない人からしたら下ネタにしか聞こえない会話多いんだもの、、、。

家に子供たちしかいないことも多く、兄弟3人、助け合って生きてきたからか、今でも仲良しです。

5歳児(私)と4歳児(弟1)で0歳児(弟2)のオムツ替えたりしてたなあ。

それでも、寂しくなれば牛舎に両親がいたので、それもあって牛舎に入り浸ってたのかな、とも思います。

それと、親が働いている姿が見られること、一緒にお仕事をすること、これは農家に限らず自営業のお家に言えることかもしれませんが、、、。親が働いているのを見ると、やっぱり自然とお手伝いをするようになるし、親への尊敬や感謝の気持ちも早くからあったように思います。

家の職業柄、学校へ忘れ物をしても届けてもらえることはほとんどなかったのですが、どーーーーしてもの理由で届けてもらった時は本気の「ありがとう〜〜〜」が出ますし、何かお願いする時はしっかりと「お願いします」が言えるようになりました。当たり前に聞こえますが、周りは結構、届け物をしてもらっても「おせーよ」持ってきてもらうのも「持ってきて」というだけ、、、。身内が相手でもしっかり挨拶ができることは、小さい頃は特によく褒められました。

うちは、私が乳製品加工をはじめ、牛の方は一番下の弟が後継者としていますが、親からはただの1度も牧場を継いで欲しいと言われたことはありません。逆に、だからこそ私も弟も自分の意思で牧場に関わって行くことを決められたのだと思います。

牧場だから365日休みなくて大変ね、なんてよく言われるのですが、牧場の人も、お休み取れますよ!といっても、牛さんのお世話をおやすみするわけにはいかないので、酪農ヘルパーさんにきてもらいます。酪農ヘルパーさんは、お休みをとる酪農家の代わりに牧場に行って、代わりにお仕事をしてくれます。うちは、牧場だけど、年に1回〜2回は泊まりで家族旅行に連れて行ってもらってたし、遊びにも連れて行ってもらってました。(多分当時は今より酪農、儲かってたんじゃないかな、、)

しっかし、今考えたら食に関しては本当に恵まれて育った!と自信を持って言えます。

牛乳は買ったことないし。搾りたて牛舎に行けばすぐ手に入るし(酪農家の特権です。無殺菌の牛乳は売買できません。酪農家といえども自己責任です。)

牛乳を出荷してる組合でヨーグルトも作ってたので、ヨーグルトもスーパーで買ったことない。。。

近くの養鶏農家さんと牛乳を物々交換してるので、卵も(平飼いのおいしーーい卵)買ったことない。

野菜は父の実家でばあちゃんが作ってるので旬の野菜がたくさん送られてくる!(ジャガイモとトウモロコシはばあちゃんのが一番美味しい!虫多いけど)

田舎なので野菜もらったり漬物もらったり。

お歳暮とかお中元の数ものすごい(もちろんうちから送る数もものすごい)

父が北海道の大学に通っていたため北海道の酪農家さんとの繋がりがあるので、北海道からホタテや毛ガニ、カキ、ホッケ、いくら、、、と美味しいものがたくさん届く。。。

堆肥は全国の果物農家さんに送っているので、その農家さんから超絶品の果物が届く。。。巨峰、シャインマスカットなどバンバン届く。みかんも毎年3箱は来る。

この贅沢さに気づいてなかったのは罪です。。。ずいぶん舌が肥えました。

 

あと、、すんげーーワイルドな子供だったことは否めませんね。落とした飴玉とかは平気で食べてたし、堆肥舎はお砂場だったし(大人になってハッとしました。完熟堆肥、サラサラで臭いも全然なくて発酵熱であったかくてお昼寝最高だったけど、、、堆肥って、元うんこじゃん!と気づいてしまって)
餌のロールが高く積み上げてあったり、一面の大草原だったり、古い農機具倉庫だったり、牧場全体が遊び場でした。

ゲーム持ってたけど、そんなんいらないくらい、遊びに困らなかったなあ。

家族は忙しかったけど、周りの大人みんなに育ててもらったような気がします。

お店を始めてから、当時お世話になった人たちが訪ねてきてくれると昔ばなしに花が咲きます。地元、ご近所のおつきあいが濃厚なのは、田舎のいいところでもありますね。(たまーにめんどくさい時もあるにはありますよ、でも、めんどくさい時はスルーできちゃうのも田舎。)

我が愛すべき田舎、我が愛すべき牧場。たくさん子供時代を書き連ねましたが、現在店長28歳です。

昔も楽しかったけど、今も結構楽しい、そんな毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

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